車の中で、酒井君はドイツでの出来事をいろいろと話してくれた。一緒に働いてる人達のこと、休日にサッカーをしたこと、圭太郎君はサッカーがとても下手なこと、それから圭太郎君がバイオリンを弾いたことも。圭太郎君がバイオリンを弾くのは初めて知った。
「先生の家に、バイオリンはなかったもの」
「そうなんだ。それでもあんな演奏ができるなんて、羨ましいと思ったよ。音楽家というやつを」

 酒井君には明るい道がよく似合う。明るい笑いがよく似合う。光に照らされた場所で、それを十二分に受けて。
 圭太郎君は違う。明るいステージでも西日が当たる隅の部屋でも、応接間の橙色のライトの下でも、月の光しか注がなくても、そこにピアノがあれば圭太郎君自身が光だった。そして雨粒を思わせる音を奏でた。だからわたしには、虹が見えた。音楽の色彩が、物語が。凝縮されて、そこに。

「また何か、考えこんでいる」
 酒井君が言う。わたしは「うん」と頷いて、前を見た。わたしたちの何台か前をバスが走っている。もうすぐバス停がある。バス停を過ぎたらすぐの角を曲がる。バス通りから外れて少し行けば、高い木々に囲まれた先生の家がある。