「ザビーナさん、あなたと話していると、先生と話しているような感覚になる」
 圭太郎は吐き出すように言う。
「ヨシと同じなんて光栄ね」
「先生が曲にまつわる物語を話すのを、聞いているのは楽しかった」
「私も私の生徒にはそうしているわ。それが私達の師匠のやり方だから」
「師匠……Conrad Wenzel Leister」隣でニーナが呟いた。

「ラジオはピアノのようだ、というのは?」
 週末の午後だが、車は順調に高速道路を進むので、僕も会話に入れてもらう。
「限られた情報に、自分の想像力を加え、その世界を広げるのよ」
「想像力」
「テレビやオーケストラは、情報が多過ぎるのよ。マーラーやショスタコーヴィチなんか、もうだめ。私は頭が痛くなるわ」
「じゃあ、ジャズトリオなんかは、むしろお好みですか」
「まあ、あなた頭良いわね」

 視界に、高いタワーが姿を現した。ドゥメールは建物の陰に隠れては現れる、その姿を目で追っている。
「あとで寄りましょうか」
「いいのよ、観光で来たのではないのだから」
 バックミラー越しに話す。その向こうで、圭太郎はまた目を閉じていた。

「ザビーナさんは、日本に来たのは何年振りですか?」
 ニーナの問いに、ドゥメールは目を丸くし、それから少女のように頬を染めた。
「初めてよ」
「そんなに、日本語がお上手なのに?」
「Merci beaucoup(どうもありがとう)」
 突然の母語は照れ隠しなのか。
「人を好きになるのに言葉は関係ないし、好きになった人の言葉を覚えて、愛を囁き合いたいと思うものよ」
 流暢な日本語で、愛を語られる。なんだか僕が恥ずかしくなって、首をかく。