「小さなオーケストラ、とピアノを呼ぶことがあるわね。確かに、ピアノは音域が広いし、様々な音色を出せるわ。私はやらないけれど、弦を押えたり、直接指で弾いたりする人もいるわ」
「学生の時に映画で見ました。鍵盤ではなくて、側面を叩いたり」これは僕。
「『Vier Minuten』のこと？」
「『４分間のピアニスト』というタイトルでね」
「日本で上映していたのね」
「映画館は少なかったけど」

「そうやっていろいろな技を使っても、結局出せるのは、金属の弦をフェルトを巻いたハンマーで叩く音なの。雨垂れの音、遠くの雷鳴、風、駆ける馬の蹄、川の流れに、聖なる歌声。作曲家はこの音で何の音を伝えたいのか、何を思ってこの音楽をピアノの音に託したのか。たくさんの背景を持った音楽を、ピアノの音に込めるには、情報を削ぎ落とさなくてはいけない。だから私たちピアニストはいつも考えているわ」
「この音楽にはどんな物語があるのかって」

　ニーナが後ろを向いた。物音からして、ドゥメールもそうしたのだろう。ミラーからは見えないけれど、最後の言葉は圭太郎だ。

「先生も、よくそう言っていた」