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「気晴らしじゃないって言ったって、お前らは"受験生"だろ?」

 夏休みのある日。僕はあの、ピアノだらけの屋敷にいた。週一ぐらいのペースで、早紀と合わせる練習をしている。そこにちょくちょくやって来ては小言を残していくのは、

「圭太郎君、うるさい……」

 早紀が耳を手で塞ぐ。この、圭太郎という奴が、初めてここに来た時にショパンを弾いていた。早紀の幼なじみで、僕たちと歳は一緒だ。音大の付属高校に通っているらしい。

「休憩にしよう、酒井君。お茶いれるね」

「ありがとう」

 早紀は部屋を出た。圭太郎が、飲食厳禁だぞ、と背中に声をかける。

「じゃあ、支度出来たら呼ぶ」

「俺、玄米茶」

「聞こえなーい」と言いながら、早紀の声は遠ざかっていく。