玄関のベルを鳴らして、待つ。ややあって、姿を現したのは圭太郎でもライスターでもなかった。

「いらっしゃい」
 と日本語で言う。大振りなネックレスが胸で輝く。短く整えられた金髪、その下には灰色の瞳がある。ザビーナ・ドゥメール。圭太郎がお気に入りだという、愛の国フランス生まれのピアニスト。
「えっと」
「まず入って。風が入るわ。ああ、コンラートがいるからドイツ語が良いわね。あなた達のことは聞いているの。とにかく、入って」

 中に入ると、広い応接間に通される。
「ザビーナ、どうして貴方がここに?」
 ニーナが尋ねるが、ドゥメールは眉をひそめるだけだ。
「何かあったんですか、圭太郎に、あるいはライスター?」
 僕も聞いてみる。
「違うわ、何かあったのはヨシでしょう。それは知っているのよね、あなたも」
 ヨシ。白峰美鈴がドイツにいた頃の呼び名だ。様々なコンテストで入賞し、ピアニストとしての名声を得つつあったとか。