夕方、レッスンの最中に耐えられないほど腹部が痛み転倒、レッスンを受けていた子どもの悲鳴を聞きつけた女性が救急車を呼んだ。急遽手術を執り行った。
「そうか」「それで」と、短い相槌を入れながら、圭太郎は早紀の説明を淡々と聞いている。

『圭太郎君』
「なんだ」
『……元気だった?』
「ああ」
『それなら良かった。先生のことは、加瀬さんと一緒にやっていくから』
「うん」
『圭太郎君は、圭太郎君がやらなきゃいけないことを、しっかりやっていってね』
「ああ」

『酒井君に代わって』という声が聞こえたので、圭太郎から電話を奪い返す。
「早紀」
『酒井君……その……』
「圭太郎のこと、黙っていてごめん。都合つけて、出来たら一度帰ろうと思うんだけど」
『うん……無理はしないでね』

「あのさ、早紀」
『なに?』
 圭太郎に聞こえていたっていい。ずっと抱えているどうしようもない嫉妬心と、ささやかな優越感が腹の中で渦巻く。それをなだめて、自然に努める。

「連絡してくれてありがとう」

 僕を頼って。
 この五年間、言い続けてきたことだ。
 自分で抱え込まないで、僕に伝えて。

 早紀は、圭太郎ではなく、僕に連絡をした。
 早紀が何を思っていても、それは紛れもない事実だ。