演奏が盛り上がってきた頃だった。ポケットで携帯電話が鳴った。相手を見て、はっとする。早紀からだ。
 周囲に断って立ち上がり、電話に出る。

「早紀、どうした?」
『酒井君? 今、話せるかな、大丈夫?』
 焦っている。メールのやり取りはしていたけれど、声を聞くのは久しぶりだ。
「休暇だから平気だよ、何かあったの」
『先生が』
 焦っていると自分でもわかっているのだろう、早紀はそこで言葉を切って、一つ息をした。

『先生が、倒れて……今、病院なんだけど』

 背後で鳴っていたバイオリンが止まった。取り残されたギターとカホンが戸惑いながら停止した。聴衆のざわめきが聞こえる。

「先生の容」「早紀、」
 電話を奪われた。
「おい、圭太郎」
『え……圭、太郎君? 何で酒井君と』
「早紀、今そっちは何時だ」
 ぶっきらぼうに、怒っているかのように圭太郎は話す。
『夜の八時過ぎ』
「飯は食ったのかよ」
『病院で、加瀬さんと……軽く食べたよ』
「そうか。それで、先生の具合は」
 早紀の声は、圭太郎の傍にいる僕にはとぎれとぎれに聴こえてくる。この音があの距離で、バイオリンを弾きながら、圭太郎には聞き取れたと言うのか?