それから何日か過ぎた。僕とニーナは圭太郎との正式契約、その後の活動のための準備を進めていった。
「すごいな、ニーナの仕事は早くて確実だ。まったく、舌を巻くよ」
「舌を巻く? 巻き舌?」
「感心するってこと。録音用のホールに、ヤマハのフルコン(コンサート用グランドピアノ)も手配したのか。よく知っているね、圭太郎がヤマハ弾きだって」
「徹底的に調べあげたもの、吉岡圭太郎のこと」
 ニーナは得意げに口角を上げた。だが僕は、その表情に笑顔を返せない。

「徹底的に?」
「そう。Gründlich(徹底的にね)。日本での受賞歴も、使ったピアノも。中学に入る前から師の白峰美鈴の家に住み込んで腕を磨いていたこともね。まあ、ナオの方が知っていることもあると思うけど。少なくとも、ここ数年のことは本人の次に詳しいわよ」
 突然、目の前の才女が恐ろしく思える。圭太郎の、いや早紀と圭太郎の物語をニーナはどこまで知っているのだろう。僕の知らないこと、あるいは早紀も、白峰美鈴も、本人すら知らないことを、まさか知っているのではないだろうか。

「だったら、知っているのかな」
 口の中が乾いている。
「圭太郎の、両親のこととか、生い立ちとか」