今日のメインのステージが始まる。まずオーケストラが入場し、コンサートマスターが自席に着いた。オーボエからチューニングを始め、弦楽器も続く。会場に一瞬の静けさ、そして拍手に包まれて指揮者とソリストがステージに登場する。コンサートマスターと握手をして、それぞれが自分の位置に。圭太郎は手を握り、開き、息を一つ吐いた。指揮者と目を合わせ、小さく頷く。指揮者の腕が上がり、オーケストラは楽器を構える。タクトが振り下ろされる。

 ベートーベンのピアノ協奏曲第一番ハ長調。この曲はまったく、若いベートーベンが自分を、ピアニストとしての自分の腕を世の中に見せるために書いたファンファーレだ。ピアノの演奏が始まるまで三分を要する。もったいつけて期待を煽る。圭太郎はその三分間をリラックスした表情でやり過ごす。
 華やかな音楽をひとしきりオーケストラが奏でる。指揮者はソリストに目をやり、タクトを止めた。圭太郎は口元に笑みを浮かべて、両腕に歌わせる。
 軽やかなのに、芯がある。一つ一つの音が鮮明で明るい。もちろん柔らかい音もある。タッチを変えて音色を変化させているのだ。圭太郎はほとんどダンパーペダルを踏んでいない。