次のステージはオーケストラのみの演奏で、ヨハン・シュトラウスの優雅な舞曲が奏でられる。耐えられないのか、三拍子に合わせて身体を揺らしている観客がちらほらと見える。ここでは、日本の感覚よりももっと音楽が身近にあるのだ。
 カーテンコールは二回、踊りたいのに踊れない不満を昇華させるような明るい拍手で会場は指揮者とオーケストラを称える。

 二十分間のインターミッションがあり、僕は会場の声に耳を済ます。たいていはオーケストラへの賞賛だが「あのピアニスト、なかなか良いね」というささやきも聞こえてきた。口元が緩む。
「ナオ、あの人が来ているわ」
 席を立っていたニーナが、息を弾ませて戻ってきた。
「あの人?」
 ニーナはいたずらっぽく目を細めた。
「ナオは興味ないかもしれないわね」
 目線を客席の隅へ動かす。
「あのブロンドの女。 Sabina Doumer、わりあい名の知れたピアニストよ」
 サビーナ・ドゥメール 。年は四十を過ぎたくらいだろうか。濃い目の化粧をし、高価なネックレスをしているのは離れたところからでもわかる。
「あのマダムはね、圭太郎がお気に入りなの」
「お気に入り」
「ナオらしくない、キレのない返事ね。ドゥメールは愛の国からきた女よ」