圭太郎はニーナの方を向いて、握手を求めた。ニーナは応えて手を出し、「よろしくお願いいたします」と流暢な日本語で返す。
「同じように口説かれるなら、断然、ニーナ、酒井よりあなたの方が良いな」
「でも、目的は一緒よ」

 激しく違和感を覚える。吉岡圭太郎とはこんなに穏やかな人間だったのか。
「先に言えば、今回の話の答えはja(はい)なんだ。光栄だ、俺の演奏が黄色いラベルで世界に聴いてもらえるのは。ありがたいと思っている。喜んで契約するよ」
「ありがとう、とても嬉しいわ」
 ニーナは喜色満面で圭太郎にハグした。
「金額は要相談だけどね」
「それはもちろんよ。ビジネスですもの」

 ドアがノックされ、演奏会のスタッフがドアから顔を覗かせた。ライスターが圭太郎の上着を取る。
「時間のようだよ」
「はい」
 ジャケットの袖に腕を通し、鏡を見た。目つきが変わる。僕たちは部屋を出て、客席に向かった。