僕は何も、その音を聞いてそう言ったんじゃない。音で判断できるほど、僕は音楽を踏み込んでいない。でも、演奏を止めた彼女の顔を見れば誰でも解る。早紀は、間違うこと、人の前で失態を犯すことをとても恐れている。そんな顔と弾き方。

 僕は、やはりピアノ越しに尋ねる。

「梅野は、何を弾こうと思ってる? 連弾で」

「……軍隊とか、スラブ? 二台だったら、頑張って練習して、易しめの編曲でモーツァルトとかラフマニノフとか」

 やっぱり。こてこてのクラシック。僕は思わず吹き出してしまった。