彼女の目が、所在なく動く。話に乗ってくれたのは嬉しかったが、僕らの間に理由の解らない嫌な沈黙が流れる。

 この空気をどうにかしたい。僕は指を離して、椅子に腰掛ける。あの日、早紀が弾いていた前奏曲を弾こう。






 両手をポジションに置いていざ弾き出そうとした時、ほんの一呼吸前に早紀が別の旋律を奏でた。ドビュッシーの『月の光』だ。暮れ始めた空を背景に、極力音量を抑え、しっかりと進んでいく。ベーゼンドルファーのピアノはダイナミクス、特に弱音が豊かだという。普通のピアノなら弱すぎて音にならないタッチでも、ベーゼンドルファーは音にしてしまうんだ。ただ、

「とても、悲しそうだね」