「そっち、使って」

 早紀は奥のピアノを開けた。僕も彼女に倣って、手前のピアノの鍵盤の蓋を開ける。そこにある整然と並んだ白黒は、その年季の入り様を誇るように細かく傷つき、僅かに汚れていた。人差し指でそっとラの音を押す。程良い抵抗で、澄んだ音がする。

「何か、すぐ弾ける?」

「え」

 僕は顔を上げた。見ると、早紀は窓を背にして、向かいのピアノ越しに僕に話しかけている。

「何かって」

「何でも。酒井君はどれくらい弾けるのかな、と思って。連弾をね、やってみたかったの。でも私はそんなに上手くないし……文化祭は夏休みの後だけど、その方が曲も決めやすいでしょ? 見通しが立ってから申し込みしたいし」