「どうぞ」

 僕が入るのを促す。中を見るよりもはやく、僕の感覚に飛び込んできたのは、さらさらと風のように、春の雨のように心地よく流れるピアノの音。これは、ショパンっぽいけど。

「やっぱり上手いなあ」
 と早紀が呟いた。赤い絨毯の敷き詰められた家の中を、彼女はその音源とは違う方向へ進む。

「梅野、あの曲は」

「ショパンの」

 『エオリアンハープ』だ。その風のような旋律の途中で、いきなり曲が変わった。これは僕でもわかる。ランゲの『荒野のバラ』だ。僕が小学生の頃に弾いたそれよりも大分速いが。何なんだ。瑞々しい五月の、小ぶりな薔薇の群生。自由自在に蔓を伸ばし
ている。

「いいの、気にしないで。こっち」