「北條君、自宅から電話があったの。先生が送っていくからすぐに帰る支度して」

優しい口調ながら動揺しているのか目が泳いでいる4年1組担任の女教師の姿にカンの良い拓海は父、義光がこの世を去った事を直感した。 

義光が自宅アパートの階段から転落したのは2日前の明け方近く、まだ日が上り切らない内であった。

首を不自然な方に折り曲げ口から血を流しながら小刻みに痙攣している姿を最初に見付けたのは階下に済む老夫婦で、愛犬の散歩に行こうとして遭遇したらしい。

すぐに救急車が呼ばれた為、その姿を見なかったのは拓海達にとっても幸いだった。
そうでなければ10才の拓海少年の心にもっと深い傷が残され、今以上に悪夢に苦しめられる日々が続いただろう。

救急病院に母の貴子、晶との3人でかけつけた時には義光は顔中を包帯で巻かれ幾本ものチューブで繋がっていた。

「残念ですが、もう手の施しようがありません。今は機械によって生命が維持されていますが、間もなくその機能さえ失われます」

医師の事務的な口調に拓海達3人は黙って小さくなった義光を眺めた。

まだ4才の晶もただ事ではない様子を察知したのかおとなしくしている。

義光は幼い晶にも容赦なく暴力をふるった。晶の頬の痣が痛々しい。

「拓海、晶、お父さんにお別れを言いなさい」