就職しても家庭教師を止めないで欲しいと懇願する早希に礼一は幸せそうな笑顔でこう言った。

「しばらくは仕事が忙しいから家庭教師は無理だけど、仕事の合間に相談受けるぐらいなら大丈夫だから。ね、何時でも会えるよ」

この頃には礼一も早希の気持ちに気づいていたのかもしれない。

「何時でもって……でも何処に就職したの?遠くない?」

涙を浮かべ声をつまらせながら尋ねる早希に帰ってきた答えは意外なものであった。

「同じS市だよ。杉原建築の事業部にいきなり課長待遇で入社する事になったんだ」

「えっ!……」

杉原建築は早希の母が役員を務める祖父の建築会社だった。

南紀最大の建築会社でレストラン部門は閉鎖されたとはいえ本業以外にも多方面に事業を拡大している。