「こんにちは。こんな所で会うなんて、奇遇ですね」

低いような、
高いような、
そんな不安定さのある少年特有の声に、
どぎまぎした。

そんな心情を悟られまいと、殊更に声音を落ち着けるよう気を配った。

「そうね」と小さく首肯した「奇遇ね」

「前、座っても」

了承の意を伝えると、
セイイチ君は自分のテーブルに戻った。

そして、飲みかけのカップを片手に向かいに腰を下ろした。

子犬が主人のまわりをとてとて走り回るような彼の動作が可愛いらしくて、口元が綻んだ。

なんというか、歳を経るごとに削られていくあどけなさのようなものが、
セイイチ君という人を形作っている風に感じた。
大学生活の中で失われていったそれをもつ彼が少しだけ眩しかった。

「何か御用があって奈良まで出てきたんですか」

セイイチ君の問いに、私は曖昧にうなづいた。
自分の中でうねっている曖昧模糊とした感覚を、うまく彼に説明する自信がなかったからである。

人生と言う砥石にすり減らされていない期間が私より三年もある。
そんな彼に話したところで、一笑に付されるのがオチだろうといった危惧が、
私の唇を離れがたくさせたに違いない。

肯定か否定かわかりにくい返事に困ったように、セイイチ君は取り繕うような笑顔を貼り付けて二の句を継ぐのを待っているらしかった。

意地の悪いと自負するだけに、私はコーヒーをじっくりと堪能してから、おもむろに口を開いた。

「ところで、セイイチ君はどうして奈良に出てきたの」