しばらくの男日照りに焦りに似た思いをもてあましていた私は、
ヒマを見つけては古都奈良を歩き回った。
そうすることで、一人の時間を少しでも実りあるものにしようと躍起になっていたように思う。

近鉄奈良駅の地下ホームに降り立ち、
ゆるやかに上昇するエスカレーターにやきもきし、
行基像前の噴水を眺める。
見慣れた奈良の情景である。

半ばおきまりになったコースを、慣れた足取りでぷらぷらとまわり、
それから三条通りに面した喫茶店に入った。

夏くさくて蒸し暑い外の空気とはちがい、
挽き立てのコーヒー豆の薫りが、
涼やかな風にのって私の鼻孔を誘惑するように滑り込んできた。

衝動に抗えないで頼んだコーヒーを楽しみながら、
ふと店内に見知った顔をみつけ、目をこらしてじっと観察した。

あっと声がもれた。

その見知った顔は、
妹、幸の通産二十人目の彼氏であるセイイチ君のそれだった。

顔を合わせはしたものの、あまり面識がないため、
声をかけるべきか逡巡していると、
私の視線に気がついたらしく、
手をふりながらセイイチ君がテーブルまでやってきた。