私は もう涙は止まったけど
ティッシュで目を隠したまま聞いた
「そんな生活の中、知り合ったのが伊織の父親。
お店の客でね、いつも友達に囲まれて
明るくて……人を笑わせるが好きな人
だんだん仲良くなって
私、この人に守られたいって思った
あの人も私を愛してくれた」
優しい声で話してたけど
「まさか、あの人の息子に惹かれて行くなんてね
あんなに優しい人
裏切る自分が許せなかった」
茜音さんは自分を嘲笑った
「あの人を裏切りたくなかった」
しばらく間をおいてから
「あの人が亡くなる直前
病室のベッドの上で
『伊織を頼む』って言ったの
『伊音』ではなく『伊織』を頼むって…………」
私はティッシュを下ろして
茜音さんを見た
彼女は途方に暮れたような顔をして
伊織くんのお父さんが言った
――伊織を頼む――
短い一言にお父さんの心が全て凝縮されている