家庭用シュレーターが唸りを上げて、溜まりに溜まった帳簿を貪欲に食べ続けている。

 妻は黙々と帳簿のホッチキスや金属ファスナーを外し、シュレッターの食事を途絶えさせないよう、ペーパーだけにして夫の脇に積み上げている。

 35年間続けてきた会社を、結局破産させねばならなくなった無念さが、総勘定元帳のそれぞれのページから湧き上がってくる。

 破産処理申請の夜に、一つだけ会社から失敬した品物がこの家庭用シュレッタ‐だ。

 市のゴミ処理方法が変って20何種類もの分別収集とかで、紙もうっかり捨てられなくなった事を、去年の自治会役員経験で熟知していた妻の入れ知恵だ。

 5年も前の倒産会社の帳簿とはいえ、そのまま「紙ゴミ」として出すのは憚れるご時世だ。

「35年間がんばった証として頂いても罰は当たらないだろう」と勝手なロジックで持ち帰っていた機械が威力を発揮している。

 シュレッターに掛けると「資源ごみ」扱いになって大量でもクレームはない。

 「35年間頑張って結局何も残らなかったようだけで、娘という宝が残ったからいいか」シュレッタ‐への給仕を続けながら、夫がボッソと言った。

 妻が、いつも何か冗談を思いついた時に見せる満面の笑みで、夫の顔を覗き込んだ。

「娘だけじゃないわよ。シュレッタ‐も残ったわ」

 真夏のひまわりのような宝物を云い忘れた自分を、夫は胸の中で小さく後悔した。