義賢が馬場へ下りていくのを目ざと

く見つけた二人の少年は、お屋形様の

期待に答えようと、敏捷に馬を引いて

駆け寄った。

 左馬之介、修理之丞、與次郎、弥左

衛門らがそれぞれ厩から姫君たちの馬

を引いてきた。二頭が葦毛、二頭が栗

毛である。姫君の乗馬であるから四頭

とも穏やかな気性の馬が選ばれてい

た。

「先ず、桜から始めよう。姫は坊主将

軍といわれる本願寺に嫁ぐ。今のうち

に確と馬術に上達しておくことじゃ」

 義賢は桜姫を踏み台に乗せると、先

に馬に跨り、鐙に姫の足を掛けさせ

て、手を引いて手綱を持たせた。


「では行くぞ」

 義賢は馬の腹を軽く蹴る。二人を乗

せて栗毛の馬は静かに歩き出した。

 桔梗の花が優しく馬の脛を打つ。

 一周目は並足でゆっくりと、二周目

は早足で颯爽と駆けさせた。姫たちを

指導しながら、父定頼から同じように

指導を受けた子供の頃を思い出してい

た。姉の晴元室、頼芸室、武田信豊

室、妹松姫の四人の姫のなかで男子は

自分一人であった。父の指導は厳しい

もので男女の区別をつけなかった。あ

の時も、四人の姫たちは美しく凛然と

して馬上にあった…。

二周終わると、初姫、波野姫、久野姫

にも同じ要領で馬場を回る。馬上の姫

君は今も、凛として、初々しく輝いて

いる。姫たちの後を雪夜叉丸と虎千代

が楽しく、元気よくお供した。
 
 義賢による姫君たちの馬術指導は桜

姫が顕如に嫁ぐ直前まで、暇を見つけ

ては繰り返し行われた。雪夜叉丸と虎

千代はその後も、親や兄に引き取られ

て河内へ帰るまで、義賢に実戦的な大

坪流馬術(開祖、大坪式部大輔慶秀)

の指導を受けている。