やがて、五郎八が思い出したように、
「母上が茶を立てて待っておる。行ってやれ」
と言い置いて作業場へ戻って行った。
父の言葉に従い、母の庵に行ってみた。妙秀尼は承禎とそんなに歳は変わらない。細川晴元の与党として丹波の土豪上林家と誼を深めるため与志摩の妹茶奈は承禎の養女となって五郎八に嫁いだ。観音寺のお城で佐々木の姫として教育を受けた若き日の茶奈が、今では尼僧となり清楚に心静かに茶を立てている。久茂は母の前に座を正した。やがて茶が置かれて、しばし和やかな時間が流れた。心を鎮めて母の茶をゆっくりと頂く。茶碗を戻すと、妙秀尼は優しく久茂に問いかけた。
「如何であった…。母はこの茶に祖母(ばば)が昔と銘を打った。そなたならこの心がわかるであろう」
「はい、それは、お屋形様の苦行成就を記念されてのことにござりますな。祖母(ばば)が生きた昔の世はいろいろなことが起こった。嬉しいことも、悲しいことも、不思議なことも、驚いたこともいっぱいあった。その折々の思いを、このばばが丹精込めた宇治茶に秘め置こう…と…」