「……まことに面目なきことながら、…それはかないませぬ。ひとまずこの寺を立ち退き、後日を期してくださりませ」
「光秀にそれが出来るというのか」
 退去を促す光秀に和尚が詰め寄った。その勢いに乗じるように頼芸も言を続ける。
「そなたの心中にわしらが望む後日があるならば、わしは信長に下って、そちの後日を見届けてもよい。ただし、わしの余命は幾許もない。わしが生きている内にわしらが望む後日を実現することじゃ」
 頼芸は高齢である。和尚と共に恵林寺で死ぬもよし、しばし生き長らえて、光秀の心を試してみるもよしの思いであった。
「それではお屋形様、わたしについて、ひとまず下山下さりませ」
「これは面白い、お屋形様、光秀の心を確とお見届け下さりませ。拙僧は三界不変の法輪に仕える身、寺と運命を共にいたし、あの世から光秀の有り様を見届けることにいたしましょう」
 快川和尚は合掌して一礼すると、再び説法を始めた。光秀は身一つで下った土岐頼芸を護衛の武将に守らせて、黄昏の山門を降りていった。

 山門の両脇にはいつの間にか薪が堆く積み上げられている。そして、赤門の真下には床几に座った信忠が交渉遅しとの気持ちで恵林寺を睨み据えていた。光秀は連れ帰った者が旧主頼芸であることを信忠に報告した。すると信忠は頼芸の身柄は恵林寺征伐の奉行に預けるように指示する。