その都度快川は拒絶した。それで、三度目の使者には、光秀自身が行くことにした。一日中降り続けた雨も夕方には止んで、帯那山の向こうには、薄い雲におおわれた落日が白く光を放っている。光秀は湿りけをおびた山門の急な階段を十人の護衛を従えて登っていった。山門をくぐると、僧衆七、八名が光秀を取り囲み、そのまま楼上の僧坊に連れていく。部屋の中央に快川紹喜が座し、その左右に十余人の長老が控えている。
「お久しゅうござります。明智光秀にござります。国師様ご受難とうけたまわり、罷り越しました。どうか、武田の残党をお引き渡しの上、ひとまずこの寺を立ち退きくださりませ」
「いずれは、そなたが参るであろうと思うていた…。のう光秀、当寺は信玄公の菩提所ゆえ、織田の恨みをかうのはいたし方あるまい。されど寺には世俗の権威は及ばぬのが仕来りではなかったか。守護不入の権利は朝廷によって保護されてきたもの…。境内を取り巻く織田の軍勢を早々に立ち去らしめるが帝にお仕え申し上げる武人としてのそなたの役目ではないか」
「仰せごもっとも、なれど、天下布武の信長公に、その理は通じませぬ」
 武家による一元的支配を目指す信長にとって、神社仏閣が持つ守護不入の権は一刻も早く壊滅させねばならぬものである。