俺は波の音を聞きながら家路へと向かっているとどこからか歌が聞こえてきた。
波の音に交ざって澄んだ声が神秘的だった。

俺は腕時計を見る。
針は午前1時を指している。
歌声は海から聞こえてくる。
こんな時間に海にいるなんて。暖かくなってきたとはいえ、まだ5月半ば。夜になればまだ冷える。歩いている俺でさえ潮風が肌に当たると肌寒い。
「また騒ぎにきたやつらかな」
たまに夜中になると騒ぎにやってくるやつらがいた。
俺は海の真ん前に住んでいるからいい迷惑だ。
だが、その歌声の主以外の声は聞こえない。
一人なのか?
俺は歌声のする方へ足を進める。
小さい岩場の上に女が座っていた。
そのシルエットは月光に照らされ、一枚の絵のようだった。
彼女の腰まで伸びた髪が潮風に靡いて妖しさを纏う。
歌声に誘われるように彼女に近づいていく。
すると歌声が急に止み、彼女が立ち上がった。
暫く、海を見つめていたかと思うと、彼女の身体が宙を舞い、海へ消えていった。
俺はその光景をただ呆然と見ていたがふと我に返り、彼女のいた岩場にかけよる。
海を覗き込むが彼女の姿はなく、規則正しく波が打ち寄せている。
「人魚姫…」
そう呟くほど彼女はこの世のものではないほど神秘的だった。
一瞬で囚われてしまうほど。