私にはお気に入りがある。

それは村はずれの丘の上、さえぎるものが何もないその場所に寝転んで空を見上げる。
それが私のお気に入り。

小さい頃、あいつに連れて行ってもらってから、2人の遊び場になった。
毎日、毎日通って、それはあいつが居なくなった今も続いている。

今日も私はここにいる。
寝転んで空を見上げている。

あいつが居なくなって、3つ目の季節がやってきた。私の大好きな季節が。

その場所から村を見下ろせば、徐々に燃え上がっていく森も、風に揺れ実った頭(こうべ)を垂れる稲穂も、甘味を蓄え重みを増していく果実も、どれも綺麗で、全てを眠りへと誘う次の季節が目の前に迫っている事を忘れさせてくれる。

そんな綺麗な景色より、私はこの季節の空を見るのがなによりも好き。

突き抜けるように透き通り、何処までも高い空に、手を伸ばせば掴めてしまうのではないかと思わせるほど、ぼんやりとのんびりと雲の群れが浮かんでいる。

涼しくなってきた空気を彩るように、雲は、時には魚の鱗のように、時にはほうきで撫でられたように、姿を変えて空を賑わせてくれる。

目に飛び込んでくるその風景は、心を洗い、体を軽くしてくれる。
ごちゃごちゃに詰った頭が整理されて、やっと体が動きを取り戻す。
身を起こして、雲を掴むかのように両手を伸ばすと、背筋が伸び、鼻から澄んだ空気が流れ込んでくる。

両手で顔を覆って、吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出すと、口が自然に笑えてきた。

さあ、家に帰ろう。

きっと待ってる。

あいつは私を知ってるから。

家に帰ったら、慣れないスーツを着て突然帰ってきたあいつから、笑顔で指輪を受け取ろう。

私にはお気に入りがある。
明日、久しぶりにあいつと来よう。
懐かしい、なんて言ったら、蹴り飛ばしてやる。

                           おわり