私から彼に電話をした事はただの一度もなかったし、私から会いたいと言った事も一度もなかった。そして、彼は「好きだよ」や「愛している」といった類の言葉を私に告げた事はこれまでなかった。
その奇妙なバランスは、私をいつも愛する事しか出来なくさせた。そして私は、愛を与える事と彼との時間を感じる事だけが私に許されている事だと信じていた。

私は流れてゆく雪に身体を任せたし、それは一人でするべき作業だった。

雪が隠していたものがすっかりあらわになってしまった朝、私は初めて彼を起こさなかった。
起きて焦る彼に「ごめんね」を告げ、急いで家を出る彼に最初で最後のわがままを言った。
「ねぇ、キスして」
彼は瞳を細め、私を抱きしめてキスをした。
ドアを開けた彼に、私は「さよなら」を放った。
部屋の換気をして、一人の今に戻ってきた。