鼻腔を掠めたホワイトムスクの香りが、現実へと一気に引き戻させる。
ブラックのオーダースーツに身を包み、風にさらりと靡く黒髪。
ショーモデルのような出で立ちは、人目を惹いて離さない・・・
その後姿に眼を奪われそうになりながらも、私も一歩を踏み出した。
後藤社長と対峙したトキ、平静でいられるのか――
そんな不安が高まり、歩を進める度に鼓動がバクバクと共鳴していく。
何が待ち受けているのか、一切解らない・・・
それでも仕事だと言い聞かせ、すべてをパンドラの箱へと押し込めた。
エントランスに足を踏み入れると、煌びやかな装飾品が鎮座していて。
東条はシンプルな社屋のせいか、TS商事の雰囲気は居心地悪く思えた。
だけれどそんな嗜好品なんて、拓海の放つオーラが一掃してしまう。
どんな輝きにも勝る瞳と圧倒的な存在感を前にしては、何も敵わないから。
その証拠に、あれほど活気立っていた空間が静まり返っている。
拓海へと向けられる羨望の視線だけが、熱を帯びている中で――