鼻腔を掠めていくホワイトムスクの香りに、心は安らぎを覚えてしまう。
ベルガモットの香りが払拭されても、現実は消え去りはしないのに。
体内から拓海という成分が取り除かれれば、楽になれる…?
いっそのコト、ゼロに戻れる方が幸せなのかもしれない――
「っ…、離して・・・」
「離す訳無いだろ――」
「っ・・・」
抱き締められておきながら、今頃ジタバタし始めた私。
強められる腕の力に、グッと胸が締めつけられていくから…。
居心地の良い此処にいてはダメだ…、逃げなきゃ――
後藤社長の高笑いだけが木霊して、居た堪れなさも押し寄せている。
私の蒔いた種に、拓海を巻き込んではいけないの。
既に芽生え始めているモノは、刈り取るコトすら不可能だから・・・
「お願いっ・・・」
絞るように必死で、言葉を紡ぎ出したというのに。
「ダメだ…、逃げるつもりだろ――?」
頭上で響くのは、冷静さの中にも憂いを秘めている問い掛けで。
「ッ――!」
抗いや反抗どころか、懇願する気力さえも失わせた。