「……あ。」

しばらく抱擁をした後で、

愛はふと声を漏らした。

「会社…どうしよう。」

善彦との破談。

それは、会社を辞めるということを

示唆していた。

「ゆっくり、探せばいいじゃん。

 それまでは一緒に暮らしても、

 俺は構わないし。」

そういって、櫻井は微笑んだ。

「悠…。じゃぁ、そうする。」

久しぶりだった、こんな感覚。

幸せで、相手を見ると

思わず微笑んでしまうような、

初々しい恋の感じ。

悠に対する感情が、

善彦に対する感情が愛ではなかったことを

明確にしていた。

「とりあえず、明日は会社に行く。

 手続きとか、色々あるし。」

そんな愛を、櫻井は

心配そうに見つめた。

「平気。私、逃げない。

 悠がいるからね、もう

 なんだって乗り切れる!」

そう言った愛の表情は、

やけにすっきりしていた。

彼女の存在は櫻井にとって

守るべきもので、

自分の方が強くあるべきで、

そう思っているのに、

彼女の凛々しさにハッとした。

これが、男にはない強さなのか、と。