とりあえず、返事をしようと思ったが、何を話していいかわからず、ぶっきらぼうに
「もう遅刻だよ」
と言った。

涼香は
「そうだね」
と少し微笑み、自転車から降りて横に並んで歩きだした。

蒸せかえるような暑さ、肌をジリジリと焦がすように照りつける太陽、セミの鳴き声以外はほとんど聞こえなかった。
ただ聞こえたのは、涼香の足音と小さく呟いた

「溶けちゃいそう」

という言葉だった。
その言葉に何と答えていいかわからず、黙って自転車を押した。
涼香との歩幅は合わせたままで。
長い坂道を登りきったところで涼香が立ち止まった。
そして涼香の口から意外な言葉が放たれた。

「ねぇ、渡部君。このままじゃ私達溶けちゃうよ。この長~い坂道を一気に下って、駅前の映画館に行って、クーラーの効いた映画館で優雅に映画鑑賞しない?」

意外だった。
隣のクラスの自分の名前を知っていたこと。優等生だと思っていた涼香がこんなことを言い出したこと。

でも断る理由なんてなかった。
入学式で一目惚れして、一度も話した事もなかった涼香と、デートができるのだ。
二度とこんなチャンスはないかもしれない。

「いいよ」