それからの事は
曖昧な記憶に残ってるだけで、よく覚えていない。


ただ、繋いだ彼方の手は
想像していたよりもずっと、温かかった。

胸の奥に閉じ込めた苦い過去が、溢れてしまいそうな程…優しかった。





「…ありがとう。」

ピチャン、と足元で水が跳ねる。


さっきまであんなに街中を打ちつけていた雨は
少しずつ弱まり始め、あたしの小さな声を彼方にちゃんと届けてくれたみたいだ。



「何が?」

ぶっきらぼうに少し先を歩く彼方の背中が、あたしの言葉に返事をする。




「さっき、助けてくれて…。」

「助けるって、んな大袈裟な。」


ははっ、と笑う彼方は
傘の柄を肩に乗せ、振り返らずに言う。



だからこそ、あたしはもう一度だけ呟いた。



「ううん、本当にありがとう。」



顔を見てたら
きっと照れくさくて言えなかった。

背中を向けてたのは
彼方の優しさだって、あたしはわかっていたから。



「……おう。」


だからこそ、ちゃんと伝えなくちゃと思ったんだ。