彼方はただ真っ直ぐ、あたしの背後を見据えた。
雨の音だけが響く。
そんな沈黙が怖くて。
あたしは地べたに根が生えたように動けず、だけど目は彼方を見つめていた。
遠くの横断歩道に
赤信号が点滅しているのが、視界の端に映る。
雨は、次第に強さを増して。
そしておもむろに傾いた彼方の視線に、思わず肩に力が入ったのがわかった。
…何を言われるのか。
それが怖くて、あたしは雨に叩きつけられる地面に視線を落とした。
だけど、耳を掠めた彼方の声。
「待った?」
その柔らかい声に、あたしは視線を上げた。
絡んだ視線に
彼方の優しい笑顔。
あたしは呆気に取られ
返す言葉が見つからずに、間抜け面で彼方を見上げる。
彼方は離れていたあたしとの距離を縮めると、あたしの肩からカバンを取り上げ、さも当たり前かのように言った。
「帰ろう、織葉。」
その華奢な手を、あたしに差し伸べて。