台所へ行くと、珍しく母親がもう起きていた。

ソファに座ってタバコをふかしている。



『おはよ、早いね。』

『あーおはよ。』


テレビのニュースを見たまま母は答える。
彼女はいつからか私と目を合わすことを極力避けているのだった。

辛口のコメンテーターが他国で食品に混入された物質名を言い間違えるのを聞きながら、
いつものようにパンをトースターに並べてつまみをひねった。
ジーっというタイマーの音が二人の間を埋める。
小さな箱の中で赤く照らされるパンをぼんやりと眺めた。




私の両親は、お互い愛し合ってから私を産んだのではない。

物心ついてそれを知った時、それなら当然私は愛されてないのではないかという不安がよぎった。



私は親の離婚当時中学三年生だったが、「家庭の事情」という訳で、近所でバイトを始めた。
もちろん、お小遣い程度を自分の分としてとったら残りは母へ渡した。


その時だけ、
母は『ありがとう』と笑ったものだ。




それから2年。『ありがとう』といわれたい一心で何でも手伝うようにしていたら、母はみるみる何もしなくなり私は家政婦のようになっていた。


相変わらず、バイト代も家に入れている。


母のクローゼットの中には高いブランド物のバックや服が並んでいる。

仕事用や店の客にもらったものだけではないはずだ。


軽蔑に近いものは感じる。



しかし、一つの不安が私を
常に追い掛ける。



――私がこれをやめたら、

母は私を本当に“イラナイ”と思ってしまうんじゃないか?――


私と彼女をつなぐものは、もうこれだけなのだろう。