* * * *


私は慣れた手つきで制服のリボンを結ぶと、かかっていたジェームス・イハのCDをとめて部屋を出た。

母がまだ眠っているのを確認して朝食作りに取り掛かる。

二人で移り住んだ2LDKのマンションには、家族写真はもちろん、「飾る」事を目的としておかれたものは無いに等しい。

当時私がバイト代で買った鮮やかな花柄のカーテンも、今は少し色褪せて、この居間に馴染んできた。

床に散らばった母親の仕事用の派手な服やアクセサリーを拾い上げて片付ける。
寝足りないせいか、その作業がなんだかひどく億劫だった。

野菜のスープの味見をして蒸気で鼻がしめり、パウダーファンデが意味のないものとなったが、気にせず家を出た。








「麗!!!」

10分ほど歩いたところで、後方から聞き慣れた声がする。

「よおーーーしゃよしゃよしゃ!」

「あ゙ーー!!!!」


自転車でさっそうと現れ、人がせっかくブローした髪をムツゴロウ撫ででくしゃくしゃにするこの男は、幼なじみの梶 亮太だ。
特徴、バカ。


「ああもう、髪台無しでしょー?」


「わはは!お前そのペースで歩いてたら遅刻すっぞ。」

「これでも急いでるんだけどね。」


亮太は自転車にまたがりながら、私のペースに合わせて地面を片足で押して進む。
朝日で自転車のベルが光る。


『それより、何始業式さぼってんの。』

『あぁバイト入れちゃってさ。一応世間では熱が出たことになってる。』

『はは!オッケ。そうそうお前2−Cだよ、もちろん俺と同じね。』

『また?!』

『小3から9年間連続!すげぇ、運命の域ですな!』
『うーわ、腐れ縁。』
『何か言ったかい?香坂さん』
『てか誰の真似してんだか全然わかんないから。』




運命なんてない。

結局人間が自分に都合のいいように考えた言葉でしょう?
出会った誰かとの絆を、より強いものと信じたいがために。

自分の薬指を見る。

私がそれほどまでに誰かに溺れてしまう様子を想像してみたが、何だかテレビや映画を見ているように現実味がなくて、やめた。