「各務、綾香(かがみ あやか)……」

 聞き取れなかったのなら向こうが悪い。

 私はちゃんと名乗ったんだから!

(凄く小さい声、だったけど……)

(聞き取れないのは私の所為、じゃないし?)


 なんて、頭の中で色々自問自答をしていると、ふぅん、そっか、なんて彼は口にする。

「な、なに?」

「んにゃ、綾香チャン、かー」

(なんだ、ちゃんと聴こえてたんだ……)

(なんで私ちょっとほっとしてるんだろ?)

(気のせい、だよね?)


「……ぜーんぜん違うなぁ」

「な、何が!」

「なんでも~?」

 一体何が言いたいのか。

 今の私には今、目の前にいる彼が何を言いたいのか理解するなんて事は到底出来なくて困惑していると、彼はあっ、と叫んで。

「んじゃ、俺そろそろ用事あるし帰るわ」

 なんてサラリと口にして、屋上から去っていこうとする。

「ちょ、ちょっと!」

「ん~?」

「人に言わせるだけ言わせて、私アンタの名前、まだ聞いてないんだけどっ!」

「あー……俺はねー、」


 彼が彼自身の名前を口にしてくれたと言うのに。

 意地悪をした罰なのか。

 少し強めの冷たい風が屋上に吹いて。

 ザァ、と言う木々の揺らめく音で私は彼の名前を聞き取る事が出来なかった。

 私は慌ててもう一度、と口にしようとしたけれど。


「それじゃね~!」

 彼はそう叫びながら、早足で階段を駆け下りていた。