男性不妊と宣告されて~不妊治療闘想記~




そこにいたのは…小柄だけれど声の大きい豪快な先生。


もっと怖そうなイメージだったけれど全然そんな事はなく、信頼出来そうな人だ……と感じる。


とりあえず良かった。


「……で妊娠希望……と」


「はいっ!」


「結婚して何年?」


「2年半です。あ、でも同棲してたのでもう5年以上旦那と一緒にいます!」


「基礎体温表は……」


来たっ!!


この日の為に頑張ってきたんだもん。


プロが見れば原因なんて一発で分かるに決まってる。


嬉々として差し出した私に訪れたのは


「…………」


しばしの沈黙。


耐え切れずについ自分から声をかけてしまう。


「あ、あのっ!この排卵日っぽくない日に体温が落ちたりとかしてるの気になってて」



「ん~いや、キレイなグラフだよ。これくらいは誤差の範囲内だねぇ」


……そうなんだ。


「きちんと排卵もしてるみたいだし、とりあえず内診してみようか」


基礎体温表ですぐに結果が出なかったのは残念だけど……言われるまま、次は隣の内診室に向かうことになった。




診察台。


あまり好きな人はいないと思うけど私は特にコレが苦手。


過去に仕事で使った時、無理に器具を入れられて痛い目にあった事があった。


それからはどれだけ先生の腕が良くても少し躊躇してしまう。


コツは1つだけ。


ただ全身の力を抜いて深呼吸する。


異物が去って行ってくれるまでただ待つのみ。


私は内診とエコーの診察をしてもらいまた先生の所へ戻った。


「はい、じゃあこれね」


エコー写真を渡され話を聞く。


「見た限りでは異常はないんだよね~まぁ全部が見えるものでも無いんだけど」


先生の言葉に深く頷く私。


「旦那さんはここに来てるの知ってる?」


「はい!もちろん話してあります」


「じゃあ……検査も大丈夫かな?」




……え?


…………検査!?






先生が言うには。


正直に書いた私の問診表を見て、過去に2回も妊娠出来ているのだったら不妊である可能性が低いこと。


ひょっとしたらリュウジに問題があるかもしれない事。


そこでリュウジの検査をしてみて問題なければ私の方のの本格的な検査に入りましょう、との事だった。


頭に過ぎるのは、リュウジまで……巻き込んじゃった。


そんな焦り。


でも、この流れも不妊本に書いてあった通り!


いよいよ、私達の戦いが始まったような気がしたんだ。


みんなが通る道、だもんね!!


それにしても、彼になんて説明しようか。


私は小さな精液採取用の試験管を手にして家路に着いた。





「今日病院行ったんでしょ?どうだった?」


嬉しそうに聞くリュウジには……非常に言いづらい現実。


男の人って繊細だって言うし。


でも言わない訳には……いかないし。


「あのね、グラフとか見た感じはキレイなんだって。で、本格的な検査に入る前にリュウジの検査もしたいって言われちゃって……ゴメンね」


私の言葉にちょっと驚いた顔をしたリュウジだったけど、意外にも冷静に


「別にいいよ。何をすればいいの?」


それは、それだけ彼もコドモが欲しいって事。


「この試験管に精子を取って持っていかなきゃいけないの。しかも採取後2時間以内じゃなきゃ死んじゃうから朝の最悪でも8時ぐらいに……」


ホントに申し訳ないと思う。


病院は平日しかやってないし、リュウジは仕事で朝早くに出て行く。


大体朝っぱらから検査の為とはいえ精子の採取だなんて……。


「えっ?……って事は時間的に会社で取るしかないよ」


「だよね。その為に休むなんて無理だしね」


そう、リュウジの会社は今すごく忙しい時期だった。





最終的に……。


通院日の朝、リュウジが会社で頑張ってくれる事になった。


方法は……恥ずかしいから詳しく聞かないでおくけれど。


その日パートが休みな私は時間にリュウジの会社近くで待機する。


会社の玄関で試験管を受け取って、そのまま急いで病院に走る手筈になった。


なぜならば。


いくら2時間とはいえ急激に冷えたりしたら精子は死んでしまう。


今はよりによって真冬。


リュウジから試験管を受け取ったら胸元で暖めながら私は走るのだ。


これも不妊治療のサイトによく書かれている当たり前の儀式だったりもするんだけど。


大きな病院だと採精室があって、それ用の雑誌やビデオがセットになってるらしいけど……それはそれで恥ずかしそうな気もする。


確実に結果が出るからいいのかな。


とにかく私たちはこの方法で動くことになった。


リュウジ、大変だけど赤ちゃんの為に頑張って!!




当日の朝。


試験管と注意書きを持ったリュウジが仕事に向かう。


なんだか申し訳なくてついつい


「ゴメンね」


と言ってしまう。


「そんな気にしなくていいから。っていうか俺に何かあるのかもしれないしさ」


「そりゃそうだけど……じゃあ、後でね」


……。


…………。


……………………。



「はい!じゃあ一緒に行けなくて悪いけど頼むね」


決められた時間にリュウジから無事に試験管を受け取った私は病院に向かっていた。


胸に挟む!!にもうっかり落としてしまいそうで、左手で胸元を支えながらの片手運転。


危なっかしいけど仕方がない。


万が一死なせてしまってもう一回!なんて事になったら笑えないし。


なんとか受付について、紙袋を渡した。


「じゃあ先生が見ますからお待ちくださいね」


よしっ、役目はなんとか果たせたかな。


手渡した事で一気に緊張が解けていくのがわかった。





そしてまた待合室で待つ私。


相変わらずの育児雑誌達。


そんなにみんな簡単に妊娠できる訳?


自分が簡単に妊娠した過去があるくせに、ついつい突っ込みたくなってしまう。


でも……きっとすぐに仲間入りだし今日も読むか。


幸せそうな妊婦さんの記事が微笑ましい。


本を手に取って少しした頃


「桜木さん~中へどうぞ!」


今日は前より待たされることもなく早かった。


きっと先生がすぐに見てくれたんだ。


当たり前か。早く見ないと死んじゃうんだし。


中に入ると先生は一生懸命顕微鏡を覗いていた。


「どう……ですか?」


不妊の本には男の人の事はほとんど書いていない。


精子の量が少なかったりしたら人工授精になるとかその位。


だから……男性不妊なんて言葉は調べなかったし、私には関係ないと思ってた。





先生は、この間とは違って真面目な顔をしていた。


「これが事実だとしたらかなり難しいでしょう」


優しく、でもはっきりと告げられる事実。


どういう……意味?


うまく頭がまわらない。


私がこれまで散々やって来た乱れた生活のせいで……妊娠できないんじゃないの?


よく一回の仲良しで精子何億匹が……なんて言葉を聞いたことがあると思う。


それが少ないと乏精子症と呼ばれる。


それでも。


実際は1000万匹ぐらいはいたりする。


そんだけいれば十分でしょ?って。そう思うかもしれないけど現実はそんなに簡単ではない。


だから1000万匹の結論だって子宮へ直接入れる人工授精の選択がベストだ。




だけど、リュウジの場合は……。


「私は産婦人科の医者なので専門外ですが」


そう前置きして先生は言葉を続けた。


「見えないんですよ」


見えない、その言葉が意味する所を私はまだ分かっていなかった。





「とりあえずうちの病院ではここまでしか出来ないです」


そう言われ、私は、近所の泌尿器科への紹介状を持ってとぼとぼと病院を後にした。


「まだ詳しい検査をしてないのでなんとも言えませんが……普通はこういっぱい見えるんですよ。問題があって動いていない人とかはいるんですが桜木さんのは死骸すら見えない」


それは、とてもとても重たい結果。


なんて……リュウジに言おう。


これから痛くても辛くても我慢して、私の検査をしていく覚悟だったのに。


先生からもらった紹介状の封印をそっと解いて見てみる。


『乏精子症の疑いあり』


何度見ても事実。


って事は私は……ひょっとして2連続、たまたま男性不妊の相手と結婚したって事なのだろうか?


いや、もちろん私にも問題があるかもしれないんだけれど。


溜め息が止まらない。


帰ったら今度は男性不妊について調べよう。


普通の不妊だって大体抜け道はあるんだもん。


調べたら……きっと、良い治療法があるよね。