勿論、彼女が喫煙を始めたわけではなく、
店員がテーブルに置いた灰皿を、彼女は僕の側へ置くと、
メニューを凝視し始めた。

「サラダはどれにする?」

「うーん、どちらでも」

「生うにのパスタか、ジェノベーゼか迷ってるの、
悦司はどれがいい?」

「僕はどちらでもいいから、その二つにすればいいよ」

僕たちのメニュー選びに代わり映えはない。

ただ雪乃が、退屈そうにため息をつくのではなく、
嬉しそうに僕の答えに従ったことだけが、以前と違っていた。

忙しない店員の動きや厨房から立ち込める湯気、
グラスをぶつけて乾杯をする若者の笑い声に異なり、
僕たちのテーブルを包む空気は、夕日の沈む海のように穏やかだった。