一口飲んだだけで、のどの渇きはおさまった。
コップに意味もなくめいっぱい注いだコーラの泡が、立ち上ってははじけて消える。僕はそれをぼんやり見ながらあの子のことを思い出していた。

あの子は死んだ。
飲めないコーラの泡を見つめるのが好きだったあの子。

あの子が飛び降りたあとの屋上に、ケータイだけが取り残されていた。あの子が書いたケータイ小説。それが遺書なのだと、気づくのに少し時間がかかった。

僕はあの子の死を悲しんではいない。
ただ忘れちゃいけないと思ってるだけ。

ケータイが振動した。
僕はマナーモード設定のケータイが嫌いだ。ふいに鳴るととても驚くから。

「・・・ふぁい」

・・・・返事がない。
風の吹き抜ける音がケータイの向こうから聞こえている。

「もしもーし? ・・・イタズラか?」

一向に喋る気配のない相手。
時間も時間だったので、僕は通話を切ろうと親指を電源ボタンに移動させた。
その時。

「・・・を・・・らない。」

すさまじい雑音の中に、くぐもった男性の声がかすかに聞こえた。

「何? もしもし? どちら様ですか?」
「・・・は・・・を・・・らない。」

風の音が大きすぎるのか、男の声が小さすぎるのか、うまく聞き取れない。

「あの・・・イタズラなら切りますよ?」
「君は彼女の死んだ理由を知らない。」

突然ぴたりと雑音が止み、男の声が耳元に響いた。

「しかし、間もなく君も知ることになる。これがどういう物語なのかを。」

ブツリ。通話は向こうから切られた。
僕はケータイを手にしたまま唖然としていた。

プープープー・・・ 虚しい電子音が続く。
自分の心臓の音が隣人に聞こえるのではないかというほど大音量で鳴っている。
何だ、僕は何をこんなに混乱してるんだ?ただのイタズラ電話だ、あんなの。

何が何やら全くわからず混乱する頭のどこか片隅で、この時僕は確かにこう思ったのだ。
不自然な死に方をした愛おしいあの子、その死の真相に迫れるのだと。

僕はケータイの画面に目をやった。
冷蔵庫のかすかな振動音、時計の秒針が進む音、グラスから落ちた水滴。
窮屈なこの暗闇を構成するものはとても少なくて。
そして、その電話の着信時間は、am 2:11 だった。