一時間後、

僕の髪の毛は見事に真っ黒に戻っていた。ちょっと惜しかったな、とも思うけど何だかんだでしっくりくる。

「やっぱこっちのが落ち着くわ」

椎名君はそう言いながら、小さく欠伸をした。そして、黒髪に眼鏡姿の僕を見た皐月さんは「優等生みたいやね」と、柔らかく微笑んでくれた。

静樹ちゃんも愛らしい笑顔を絶やさない。温かい、家族。そんな陽だまりのような空気の中で、不意に感じた僅かな違和感。


「あれ?椎名君、コンタクト取ったの?」
「ん?ああ、ちょっと液が顔に付いてしもたから、ついでに目の洗浄もしよう思っ――」

本当に、心地良い空気だった。

この声を聴くまでは、







「――柚樹」

突然聞えてきた低い声に、びくりと肩が跳ねる。今“ユズキ”って…

「あなた、もう帰ったん?」

心地良かった筈の空気が、一気に張り詰めた。皐月さんから笑顔は消え、静樹ちゃんは隠れる様に椎名君の足元に手を絡ませて目を瞑っている。

「柚樹、帰っとるならどうしてもっと早よ言わんのや……柚樹、柚樹いぃ!」

ふらふらとした足取りで椎名君に近付くこの人は、きっとお父さんだ。でも、どうして。