「司さんを越えられないって…
紀紗は司さんを今も…」

「自覚ないだろうけど、好きなんだと思うよ。
本人は憧れだと思ってるけど。
自分が紀紗を好きだと自覚してから、なんか紀紗の目線とかそういうものに敏感になってさ…。
やっぱり司さんのことが好きなんだなって思う場面…いっぱいあった。」

「たとえば…?」

「司さんの話をする時、目が変わるよ。
自分の中にしかもう存在しないことを、慈しむような…」

「確かに、紀紗にとって蓮上司とお前を比べたら蓮上司が勝るだろう。
紀紗の根幹を成す音楽を教えてくれた人間…
蓮上司は紀紗に、新たな世界を教えてくれたわけだからな。
付き合ってきた年月もお前とは比べ物にならない。
…だからどうしたっていうんだ?」

「…。」

「悠夜。
過去の紀紗に触れることなんてもう誰にも出来ない。
その代わり、これからの紀紗にはどれだけだって関与できる。
蓮上司にはもう絶対にできないことが、今のお前にはできる。」

「…。」



言われてることはよく分かる。
それでも…足は竦む。
踏み出さなくちゃならないはずの1歩を…踏み出せずにいる。