「どちら様?」

しばらくすると、フロントの奥から落ち着いた婦人の声が返ってきた。

「あの」

「あら、もしかしてお客様かしら?どうぞお入りになって」

ダークブラウンに白髪が混じった初老の貴婦人は、丸眼鏡の奥に優しげな瞳をたたえ、僕たちをロビーへと促した。

「えーっと」

「ご予約の方?」

「いえ」

「そう。そうよね。そう言えば予約なんて入ってなかったわ。ご一泊?」

「それが……」

僕が困った様子で頭をかくと、老婦人は可愛らしく小首を傾げ、万年筆を持った手でヒョイと眼鏡を掛け直した。

「しばらく滞在したいんです」

見かねたシロナがそう言った。

「どれくらい?」

「分かりません。一週間か十日か、あるいは一ヶ月以上かも知れません」