「アデルフィ・ホテル」

「素直に読めばね。きっと創設者の名前か何かじゃないかしら」

僕たちは顔を見合わせ、ギシと鳴る重い扉を押し開いた。

その時僕は、ふと山猫の料理店に迷い込んだ二人の猟師のことを思い出した。

「こんばんは」

と小声で探りを入れてみる。

けれどその声は、頭の上で鳴ったカウベルの音に空しくかき消されてしまった。

中はガランとしていた。

人の気配もなく、果たしてここに宿泊客が居るのか、いや、それ以前に経営が成り立っているのかすら怪しいように思えた。

正面にアンティーク調のソファが向かい合わせに並び、間のテーブルには綺麗な硝子細工の花瓶が置かれている。

壁には大きな油絵。静かに時を刻む柱時計と火の消えた暖炉。

どれもこれも古めかしく薄暗いけれど、そのすべてにキチンと手入れが行き届いているように見えた。