「ホテルを探さないと」

建物の隙間から覗く薄紫色の空を見上げながら僕が言うと、シロナが何かを思い出したような顔で振り向いた。

「そうそう。駅に着く途中にいいホテルを見つけたのよ」

「途中に?」

思わず僕は聞き返した。

それだとリージェントストリートから離れてしまう。

「そうよ。『彼女』の足跡を探すのなら、きっとあのホテルしかないと思うの」

「なぜ?」

「分からないけど」

「けど?」

「ホテルの前を通った時、なぜかここだって思ったのよ」

「ふうん」

僕は元来た道を振り返った。

石畳の並木道の間を、夏の終わりを告げる肌寒い風が吹き抜けた。

ほんの一瞬、とても懐かしい早紀の"匂い"を感じたような気がした。