僕はその頃のことを思いながら、一人、鳥居の足元に腰を下ろした。

青から朱へと変わり始めた夕方の空に、甲高く鳴くヒグラシのもの悲しい音色が吸い込まれていく。

「それで、少しは何かが分かるようになったわけ?」

と不意に背後で声がした。

「どうだろうね」

僕は鳥居に体を預け、汗で額に張り付いた前髪をかき上げた。

「少なくとも、君がいなくなったことで僕の暮らしは静かになったよ」

「良かったじゃない」

「どうかな」

「どうして?」

「だって、その代償に僕はもう十年も君を抱く事ができないでいる」

「それから?」

「そうだね」

茜色の入道雲の合間を飛ぶトビの飛影を追いながら僕が曖昧に答えると、「彼女」はクスリと微笑んだ。

「ところで、"君"って誰?」

「君。……早紀だろ」

「サキ?私はサキじゃないわ」

「……そう」

僕は前を向いたまま、小さく肩をすくめて見せた。