「素敵な人だったね」

あの人懐っこくて話好きなホテルの老婦人のことを、シロナはそんな風に表現した。

「そうだね」

今日も彼女は宿泊客を捕まえて、とりとめのない長話を聞かせているのだろう。

そう考えると可笑しくもあり、どこか懐かしくもあった。

「感謝してる?」

「もちろんさ」

僕は迷わず答えた。

「君があのホテルを見つけていなければ、いやもっと言えば、君が僕を神戸のあの部屋から連れ出してくれなければ、きっと僕は一生廃人のように生きていただろうし、ロンドン塔から続く"道"も見つけられなかった」

「道?」

「ああ」

「ヒースのこと?」

「そう」

僕は流れ去る景色を見つめながら、心地よい列車の揺れに身を任せた。