「最初は……そうねえ、もう随分昔になるけれど、うちの宿泊客だった日本の女性がここをとても気に入って下さってね。お礼にと言って戴いたのよ」

「日本の女性?!」

僕は心臓が飛び出すほど驚いた。

「本当ですか?」

「ええ。まだ随分若い子だったわ」

「名前は?」

「それがねぇ……」

老婦人は困ったように皺の増えた手で頬をさすった。

「よく分からないのよ」

「分からない?」

僕は思わず詰め寄った。

「宿泊カードは?」

「もちろん書いてもらったわ。名前だってちゃんとフルネームで。でもね……」

「でも?」

「どこを探しても、彼女のカードだけが見あたらないのよ」