「一つだけ、お願いがあるのです」

立ち去ろうとした司祭の背に、ジェーンが声を掛けた。

「ヒースという花をご存じですか?」

「ヒース?」

「私の故郷に群生する花です」

「それで?」

「どうかその花を、一度でいいから見せていただきたいのです」

「花を……」

司祭は黙った。

ジェーンもまた、それきり口を閉ざした。


故郷・ブレイドゲートの館の前に広がるヒースの野は、ジェーンの一番のお気に入りの場所だった。

『もう一度、あの美しいヒースの野を駆けてみたい』

それは決して叶うことのない、本当に小さな願いだった。