僕たちは教授をロビーに待たせ、急いで身支度を調えた。

と言っても、持って出るものなど大してないのだが、そのくせシロナの準備に軽く三十分を費やした。

「ロンドン塔へ?」

再びロビーで落ち合った僕は、待ちくたびれた様子の教授に尋ねた。

「無論」と教授は答えた。

「いってらっしゃい」とフロントから顔を出した老婦人に会釈を返してホテルを出ようとしたその時、僕はロビーから昨日の花が消えていることに気がついた。

真ん中の花瓶に飾られていた、あの小さくて可憐な赤とピンクの花だ。

「あの」

僕が声を掛けると、フロントの老婦人が顔を上げた。

「ここにあった花は?」

「花?……ああ、これから新しいのに差し替えようと思ってね」

「新しいの?」

「ええそうよ。今朝届いたばかりなの。実はあの花はね……」

「い、行ってきます!」

僕は慌てて老婦人を遮り、笑顔でホテルを後にした。